上州武尊山スカイビュートレイルの原点と歩み
大会の原点にあるもの
上州武尊山スカイビュートレイルの原点は、1990年に始まった「山田昇記念杯登山競争大会」にあります。
群馬県出身の世界的登山家・山田昇と、その登山に同行した三枝照雄の功績と精神を後世に伝えるため、上州武尊山を舞台に、この大会は生まれました。
山田昇記念杯登山競争大会(1990–2009)
1990年、群馬県山岳連盟は、1989年に厳冬期のマッキンリー山(現・デナリ山)で遭難した
山田昇、三枝照雄の死を悼み、その登山の業績を称え、夢と精神を引き継ぐために
第1回大会を開催しました。
大会の舞台となったのは、両氏が少年期から親しみ、登り続けてきた 上州武尊山 です。
当時の大会は、男子10kg以上、女子5kg以上の負荷を背負って登る
「登山競争大会」 という形式で行われました。
これは、単なるスピード競争ではなく、
登山の本質である体力・判断力・持久力を重視し、
自然と真正面から向き合う競技として位置づけられたものでした。
若い世代へ受け継ぐために
大会では、成年男女を対象とした 「山田昇杯」 に加え、
19歳未満の若い世代を対象とした 「三枝照雄賞」 を設け、
次代の山岳界を担う若者たちが
切磋琢磨し、挑戦する場となることを願って開催されました。
この形で大会は約20年にわたり続けられ、
多くの登山者・若者に影響を与えてきました。
地域とともに歩む大会へ
その後、大会は距離や名称の変更を重ねながら、
「大会を利根沼田地域全体で支える」という考えのもと、
沼田市や昭和村が実行委員会に加わるなど、
地域とともに歩む大会へと発展していきました。
長い年月をかけて培われたこの土台が、現在の上州武尊山スカイビュートレイルへとつながっています。
スカイビュートレイルへの転換(2014–)
2014年、大会は
「上州武尊山スカイビュートレイル」 としてリニューアルされました。
登山道具の進化・軽量化、トレイルランニングという競技の広がりを踏まえ、
必携装備を携行したうえで走る山岳トレイルランニングレースへと進化しました。
競技方法は変わっても、山を敬い、自然と向き合い、
自らの限界に挑むという精神は、大会の根幹として今も受け継がれています。
人物紹介
山田 昇
8000m峰14座のうち9座12回に登頂し、
世界の第一線で活躍した日本を代表する登山家。
完全なアルパイン・スタイルや冬季8000m峰登頂など、
その挑戦は世界的にも高く評価されました。
三枝 照雄
山田昇と行動を共にし、
多くのヒマラヤ遠征に同行した登山家。
若くして世界最高峰の舞台に立ち、
山田の挑戦を最後まで支え続けました。
▶ 山田昇・三枝照雄 ― スカイビュートレイルに息づく精神
大会の歩み(ミニ年表)
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1990年 山田昇記念杯登山競争大会 開始
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2009年 登山競争大会としての最終開催
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2014年 上州武尊山スカイビュートレイルとして再始動
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2019年 没後30周年記念大会を開催
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現在 地域とともに継続開催
没後30年記念寄稿文について
本大会の原点と精神について、
2019年・没後30周年記念大会に寄せて綴られた
寄稿文全文は、以下のページよりご覧いただけます。
現在、そしてこれから
上州武尊山スカイビュートレイルは、
過去を語るためだけの大会ではありません。
山田昇と三枝照雄が示した
「山を敬い、自然と向き合い、挑戦し続ける精神」は、
今もこの武尊山で、
スタートラインに立つすべての挑戦者に受け継がれています。
この大会は、歴史の上に立ち、未来へと続く挑戦の場であり続けます。
